私は無力だ。それでいいじゃないか。心底そう思えた時,何かが死んであなたは真に生き始める。

アル中詩人~手ぶらの乞食~かく語りき

アル中地獄からの生還とその言葉たち

儚さを引き連れて

全ては儚い

 

「いつか何処かで見た光景だな」

「ずっと前にもこんな経験しなかったかな」

そんなデジャブな感覚を持ったことはないかい?

今まさに体験していることを過去に経験したことがあるかの様な感覚。

これをデジャブ(既視感)と言うのだけれど

体験したことも含めて“既知感”とも呼ばれる。

フロイトはこのデジャブを既に見た夢だ、とした。

それはその通りなのかもしれない。

 

例えば誰かが打ったホームラン。

美しい放物線を描き

スタンドへ吸い込まれて行く。

しかしバットが球に触れた“瞬間”を捉えることは出来ない。

必ずあなたというフィルターを通さなければならないから物質そのものを見たり触れたりすることは出来ないのではないだろうか。

 

はて

美しい放物線?

そんなものは本当にあったのだろうか?

遠雷が光った時、遅れて音がやって来るのと同じで

既にそれはもう過去の出来事でしかない。

 

だってそうだろ?

空高く舞い上がった打球もスタンドへ放り込まれて

美しく弧を描いて飛んだ足跡もない。

 

「いつか何処かで見た光景だな」

それはついさっき見た

今は亡き儚い過去の世界の出来事なのだから。

 

慣れ親しんだ土地を離れる時

その地の思い出が走馬灯のように過ぎるように

今あなたが目の前にしている光景も

“それ”なのだよ。

たった今、思い出を見ている。

 

辺りを見回してみるといい。

どうだい?

懐かしくないかい?

 



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ごきげんよう